東京地方裁判所 昭和50年(ワ)823号 判決
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【判旨】
しかしながら、<証拠>によれば、被告会社の第五期(昭和四七年四月から昭和四八年三月)決算報告書上は、前年度からの繰越欠損一、六四一万八、二五六円に対し、当期利益金として一、八三〇万九、〇二一円、当期末処分利益金として一八九万〇、七六一円が計上されていることが認められるが、他方、<証拠>によれば、被告会社の総勘定元帳上は右同期の欠損金は八八九万二、四一九円であり、繰越損金は一、六四一万八、二五六円となつていることが認められ、これによると右決算報告書上の利益金の存在は極めて疑わしいものといわなければならない。のみならず、<証拠>によれば、被告会社の第五期決算報告書上はその資産の一部に一、八六一万八、二〇〇円の仮払金(前年度は一二一万六、〇五〇円)と五、八〇〇万円の延払未収金(前年度零)が計上されているが、右仮払金については、<証拠>によれば、右仮払金中には福島県で石材搬出を業としているマルヒ石材販売株式会社に対する出資金一、〇〇〇万円<証拠判断略>を含み、延払未収金は右出資に対する延払利益として受領した約束手形金であるというのであるが、右マルヒ石材はその後倒産し、右受取手形はすべて不渡となつているというのであるから、右出資金、延払未収金の実質上の価値は当時すでに皆無に近かつたものと解され、また、<証拠>によつても、右各資産の次年度における処理も明確でない(因に、次年度決算報告書における仮払金は四六七万六、五八五円であり、延払未収金は零である。)。
また、<証拠>によれば、被告会社の第六期(昭和四八年四月から昭和四九年三月)決算報告書上、その資産の部には貸付金二、四七五万五、八二四円が計上されているが(第四、五期における貸付金はそれぞれ六万五、〇〇〇円と五万円である。)、<証拠>によれば、右貸付金中には昭和四九年四月倒産した東京施設工業株式会社に対する貸付金二、〇〇〇万円を含み、右債権については不動産担保をとつているものの先順位担保権者が多く、実察上は回収不能であることが認められる。
更に、<証拠>によれば、被告会社の前記第四期ないし第六期決算報告書上各その資産の部には未成工事費として、第四期一、〇五九万六、二八二円、第五期五、二一六万四、三六〇円、第六期一億四、四一〇万四、二二八円が計上されているところ、昭和四九年九月三〇日現在の被告会社の貸借対照表上はこれが零となつていることが認められる。<証拠>によれば、それは倒産時に工事を継続していた工事の契約をすべて解除したことによるというが、昭和四九年九月三〇日の不渡発生時点での貸借対照表上にこれが計上されていないということは、右不渡事故発生以前に当時被告会社が受注していた工事契約をすべて解約したことになり不自然である。
以上の諸点を考慮に入れると、被告会社の第四期から第六期に至る決算報告は数字の繰作による粉飾の疑いの濃いもので、被告会社の営業の実態を正しく反映しているものとは解されず、被告会社の累積欠損は昭和四九年三月当時すでに<証拠>により認める第六期決算報告書上の当期欠損金二、六八一万三、六一八円を相当に超過する額に達していたものと推認するに難くないものというべきである。
なお、昭和四八年中における被告会社の受注工事高が三億二、〇〇〇万円を超えたことは前判示のとおりであるが、昭和四九年に入つてからの新規受注工事は<証拠>により認め得る新菱冷熱工業株式会社との間の同年三月九日付の七五万円の追加電気工事のみであり、また、<証拠>によれば、昭和四九年九月倒産当時被告会社において現に工事中であつたのは都内のマンシヨン工事現場と松戸市内のマンシヨン工事現場の二か所のみで、その出来高は四〇パーセント程度であつたことが認められる。しかして、<証拠>によれば、被告会社は倒産当時すでに見積書を提出し、受注可能な工事が数件であつたというのであるが、たやすく信用することはできない。
このように、昭和四九年三月当時における数千万円に及ぶ欠損と前判示の如きいわゆるオイルシヨツク後の厳しい経済情勢の下に、しかも同年に入つてからは僅か七五万円の前記追加工事を除き新規受注工事は一件もない先細り状態の中で、すでに発生している莫大な欠損を埋めながら工事を継続していくことが可能であるとは考え難いことからすると、本件約束手形はその振出当時すでに支払期日には支払見込のないものであつたと認めるほかはない。そして、前判示のとおり、配管材料等が一般には現金買いでなければ入手困難な情況の下で、専ら約手払いの約で取引をしていることからしても、本件取引当時、被告岡田が本件約束手形がその支払期日に支払が可能であると信じていたとは考えられない。尤も、被告岡田は、その本人尋問の際に、発注先に対する四〇パーセントの工事代金増額の要求が容れられるものと信じていたと述べているが、前掲証人山下によれば、業界一般に物価変動にスライドして契約金の変更を認める契約条項とか慣行は存しなかつたことが認められ、また、右証言によれば、当時被告会社の大口発注先の一つである岡崎工業は経営不振から経営者の交替があり、下請業者の救済にまで手が廻り兼ねる状態にあつたことが認められ、かかる情報は一般に業界に伝播し易いと考えられることからしても右供述には肯認し難いものがあり、もし、そのように軽信したとすれば、その点に経営者としては重大な過失があるものと認めないわけにはいかないというべきである。このことは、前掲甲第一〇号証により明らかなとおり、会社の経理情況を把握し、資金繰りをはじめ適正な経理処理の基本となるべき総勘定元帳につき昭和四九年以降の記帳がなされないままに、被告岡田がこれを放置していたことによつても裏付けられるものというべきである。
したがつて、被告岡田が、本件取引の時期に、約手払いの約で原告と取引を継続し、その支払期日に支払見込のない本件約束手形を振出したことは、少くともその重大な過失による被告会社代表取締役としての任務の懈怠に当るものといわざるを得ず、右手形不渡により原告の被つた前記損害は右任務懈怠と相当因果関係があるというべきであるから、被告岡田は、商法第二六六条の三第一項前段の規定によりこれを賠償すべき義務がある。
(落合威)